
| どうでもいい事だけど 普段すごく言いたい事 |
| ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 著・ごま(21歳) |
| いやはや、久々の再開です。これからも主張し続けていきたいです。 ごんごんりアクションしてください。白熱した議論をお待ちしています。 背景と文章が混ざってまうので、画面を最大化してお読みくだせぃ。 |
| >> ごま彫刻論 「楠と彫刻家」 (2005.10.29) << 根を張った、楠の、大木。 それを伐って一回殺してしまう。 でも、伐られた木も、しばらくは、生きてる。 ボロボロに乾燥するか、朽ちて、ひび割れる迄は。 何十年、何百年の、木の命を頂いて、 私達は作品を作ってるのね。 もう一度、生命感を吹き込む。 根を張った、元の楠に負けないくらい。 同じかそれ以上の感動を与える力を彫り込む。 それくらいこっちも精神力注ぎ込んで、命掛けないと、 自分の何倍も生きてきた木に対して、 物凄く、失礼だと思うの。 「木を生かし続ける」 それが私達、彫刻家の仕事。 |
| >> もし自分が男だったら (2005.04.29) << しばしば、男と女ではどちらが得かなんていうことを考える。 損得は、その比べる基準によって違うけれど、 でも、どちらに生まれたかったかと言うと、男かなぁ。楽そうじゃん。 中学校も高校も、怖くて女子校には絶対行きたくなかったし、 女性専用車両も、自分が入るには何故か空気に違和感を感じる。 女社会は色々大変だ。何って…そりゃ、もう本当に色々。 嫁姑問題とか、新米いびりとか(しかも女性の場合イジメは陰湿である)。 女であることを武器にするぶりっ子は嫌いだし、裏表とか、嫉妬とか、徒党を組みたがる習性とか 自分が女であることも時々怖くなることがある。男性はもちろん、自分でも、 女って怖ぇ!! って言う瞬間無いですか?女性の皆さん。 私が情緒不安定な性格なのも、分かっているだけ何とかしたくて辛いし、 自律神経とか、ホルモンバランスとか、生理痛とか、女性には自分の体のことで色々戦わなきゃならない問題がある。 婦人病の確率にいたっては日本においては、今や1/4ですよ。ぉぃっ怖ぇょ! さて、自分が男だったらどんな人間なのか、少し考察してみよう。 シミュレーションしてみたところ、たぶん私はがさつであると思う。部屋とか汚いな。確実に。 そのくせ、おしゃれ好き、みたいな。そんで、本棚だけ妙に整頓されててきれい、みたいな。 え〜…女のくせにここまでがさつなのに、もし男だったら…怖。 しかし、恋人との記念日は覚えているとか、家族の誕生日を祝うとか、 友人や、恋人とはまめに連絡を取るような男だと思う。うん、マメ男。人間関係に熱い男。 学校はどうだろう、もし自分が男だったら、サボりまくってそう(笑)。わはは。 って言うか、部活にのめりこんで単位ギリギリとか、うちの兄みたいになってるのかな。 絶対体育の授業とか、好きな女の子がいたら絶対頑張っちゃうタイプ。いるよね、そういう子。 ん〜そんで、仲間と遊ぶの大好き、彼女大好き、みたいな。絶えず遊ぶことに忙しそう。 多趣味は、男になっても変わらないかな。プラモデルとか運動とか幅広く好きそうな気がする。 ダンス部では、自分が男だったらビバップしてたかな。 んで、きっとギター弾いてる。うん。←(なぜか確信) 知り合いが言ってたんだけど、 化粧もダイエットもおしゃれも脱毛も豊胸エクササイズも全部女が男の妄想に付き合ってやってるんだって。 なんだか、妙に納得してしまった。 もちろん、自分のためっていうのもあると思うけど、 どうだろう、女同士だけだったら、上記のすべての隠れた努力も、 お互い大変なのを知っているから、多少手を抜いても、「あ〜大変だもんね、いいよいいよ。」ってフォローしあえる。 体育の授業の時の、 「半袖にならないの?」 「うん、熱いんだけど、今日はちょっとまずいから、上着脱げないんだよね」 「あ〜…そうか。ん〜うちらは別に気にしないけど」って言う女子同士の会話は、 女性には何の意味かすぐ通じると思う。 女って面倒くさい。 ウェイトレスしてたときは女でよかったと思ったけどね。 男の人は、厨房からも客からも、確実に女の子の倍くらいは怒られてる。 デートのときは荷物を持ってもらえるし、 お化け屋敷に入ったときは前を歩いてもらえるし、 ゴキブリ退治もどっちかって言うと男が果敢に向かっていかないといけない。←絶対やだ でもそれって自分が女の立場に甘えてるだけだよね。ごめんなさい。 とりあえず、そこを利用して 男に媚びたり、女を武器にするような女にだけはなりたくないと思う。 イマイチ結論出てなくてスマソ(汗)。 |
| >> 日本人 (2005.04.14) << 私は日本人である。 埼玉県春日部市に生まれ、そこで幼少を育ち、幼稚園途中で神奈川県横浜市に引越した。 少しばかりをアメリカカリフォルニア州ミルブレーで過ごしその後横浜の家に戻り、 現在、実家を出て相模原市に一人暮らしている。 私はアメリカに住んでいた経験や、外国語教育や、国際交流熱心な中高での生活を踏まえて 外側から"日本人"を見つめるということを時々する。 まず、アメリカで日本人観光客を見たときに非常に恥ずかしい思いをする。 これは国外生活のある人なら少し理解してもらえよう。 日本人ツアー観光客、特におばちゃん集団は、 その横柄さと、騒がしさから、すぐに日本人だと特定できてしまう。 自分も含まれるわけだが、一部を除いた日本人の若者。 自分の主義主張をはっきりといえない。 大人を見たってそうだ。 立派な政治家さえも、「例年のしきたり」とか「善処する」とか適当なこと言って、 海外のオフィスにおいても、日本のビジネスマンはデスクワークは誰よりもできるくせに、 会議や、交渉になると、にやにやと笑って曖昧な態度で、はぐらかしたり、言いたいことがいえない。 ここのところ、一時期よりは意識が改革されつつあるようではあるが。 「なんとなく」とか、「みんなそうだから」とか、「だってそうじゃん」とか、 自分を持っていない人が多すぎてこの国の行く末がかなり心配である。 私の場合、外国気質なのか(?)、逆に強い主張を持つから、 日本人の間では言いたいことがいえずにストレスをためやすい。 OLとして、就職したりして、上司の言うなりにハイハイ言わなきゃならない日を想像しただけで今にも胃に穴が開きそうだ。 上司に意見して嫌われてイジメられるか、即刻首になるのがオチだろう。 私は、しっかりしているといわれることが多いが、 最近はしっかりしていない子が多いからそう見えるだけではないか。 前はそんな日本人が大嫌いだった。 が、しかし! 高校での三年間、様々な外国人と交流を持つ中で、何かと比べたりしないで、日本固有の文化とか性格を見るようになった。 こんなに沢山の外国人が日本を訪れてくれる、その訳を探し始めたからである。 日本人のもつ必要以上なまでの謙虚さは、逆に言えば相手の意見を尊重し、取り入れようとする優しさなのではないか。 真っ向にNOと言えないのは、そこにも一理あることを認めようとする考えの深さなのではないか。 そう。逆に言ってしまえば、やり過ぎなほど、大人なのだ。 侘び寂びとか、敬語とか、お礼参りとか、年賀状とか、すばらしい習慣が、たくさんあることに気づかされる。 私は、海外生活経験がある日本人と言う立場において、両方の立場から 日本人特有の良さと、自分を主張できる強さを併せ持った、深ぁぁい人間になりたい。 |
| コメント written by ゆか quote from BBS ごまちゃんが更新してた「主張」、かなり納得&同感でした。 私はごまちゃんと違って、小さい頃に住んでたわけじゃないからちょっと思い方が違うかもしれないけど。 こっちに来て、外人と関わるたびにカルチャーショックの連続です。 一番すごいと思うのは、授業を受ける姿勢。 聞いてるだけじゃないのよね。 みんなの声が重なり合って、ときどき口論してるように聞こえる(笑 一回一回がとても楽しいよ。 それでも、私は日本が好きだし、日本人であることを誇りに思います。 こんな文化を持った民族はどこにもいないから。 だからこそ、日本の言語・習慣・芸術などを大切にしたいと思う。 とまぁ、思っているわけですね(笑 長々と書いてごめんなさい。 |
| >> ホームページを作る理由 (2003.10.05) << よく聞かれるので、ここいらで、議題にしてみようと思う。 人は何故ホームページを作るのだろう。 はい、自己満足です。おおまかには。 私のホームページでは、詩とか、日記とか、写真とか、主義主張とか、まあ色々試みているわけであるが。 掲示板。 それについては、友達と普段口に出せないことを書く場や、メール書く迄もないちょっとした事を書く場として設置した。 自分が何してるのか、自分が、他者が書く。 意見交換。情報交換。自分と他人、他人と他人の意見交換の場。 書き込まなくても、他人の意見を読むことで参加できる、掲示板はそれがいいと思う。 自分のため。あと誰かのため。それが設置の理由。 ハンドルネーム。 私は、ハンドルネームを使っている。別に正体を隠したいからではない。 写真と、文章で身近な人にはすぐばれてしまう。だから隠す意思はない。 わたしは、飽くまで、現実世界の自分と、ヴァーチャルな自分を区別している。 でもさ。詩を書いているのは自分だし、掲示板で友達と話しているのも自分だし、この主張も現実世界の自分じゃん。 区別の意味があるのか? ヴァーチャルな世界に虚像を作る人もいるが、私のHPはそのためのものではない。 『ごま』は、私の一部であり、そのものでもある。 深層であり、表面でもある。表なのか、裏なのか、自分では分からないけれども。 でも、現実世界の自分と区別するのは、私は、ここで一番自分の深いところに到達しているからだ。 自分の一番素直なところといおうか。 それを、日記のようなプライベートなところでなく、公共な所で発表するのは、 その自分の深い部分にいる、『別の自分』を誰かに見てもらいたいと思うから、な気がする。 恥ずかしがらないで 、本当の発散できる場所、それがホームページだと思っている。 =興味ない人は、私の気付かないところで、ただ通り過ぎて下さればいい。 通り過ぎたことに、私は気付かないし、ショックも受けない。 =何か感じ取ってくれた人は、何時間でも見て下さればいい。 ずっと自分の事を見られている状況に耐える必要もないし、恥ずかしさもない。 受け取ってくれる人が、少しいればいい。 本当の私を見つめてくれる、一握りの理解者、それが私に力をくれるのだ。 だれかが、本当の私のことをわかってくれているに違いない、という心強さのために 私はホームページを作っている。 『ごま』を垣間見てくれた人が、『私』と付き合うと、 多分、より深い付き合いができるんじゃないのかしら、とそんなことを思う。 遠まわしな事してないで、自分の口で、思ってることちゃんと言えって? 言えないからホームページ作ってるんじゃい。 でも、なんとなく誰かに聞いて欲しいんじゃい。 つまりは、照れ隠しってことなんだってば。 (゜△゜;)ゞ |
| >> 発展は、保守?反発?(2003.10.12) << 美術や音楽には、○○派だとか、◇◇主義、△△式みたいなものがある。 印象派とか、古典主義とか、バロック式とか。それらは時代や人間と共に、移り変わってきた。 それらの変遷がある背景には、いつも何か新しいものを、切り開いていった人たちによって生まれているわけだが。 発展は人間の「反発心」と、「保守心」どっちから生まれたんだろう。 結論から先に。両方ではないか。 だんだん大衆化してきて、古くなっている文化に対する「反発心」。 古びていく時代の中で、「今」を生きる自分を風化させないための、自己「保守」しようとする心。 時代に流されたくない。 流行り物が嫌い。自分を大事にしたい。 真の芸術家ってそういうものなんじゃないかと思う。 宮廷画家しか芸術家と呼ばれなかった時代に、ある時カメラが発明された。 その時マネが、いち早く写実主義から抜け出て、 それまで写すだけだった美術から、革新的な絵を生み出して、画壇で発表した。 しかし、宮廷画家たちは、その時、カメラを法律で禁止することを願い出た。 肖像を残すのに、何時間も掛ける必要のないカメラによって、肖像画家達は職を失うからである。 彼らは技術的には確かに芸術家であったが、そこに個人の精神は宿らない。 職人だったわけである。だから、過去にしがみついて、職を失い、画家でなくなっていくのである。 本当の画家であったなら、自己の表現を求めて、自己の埋没を恐れて、常に、 周りが似たことを始めると、じゃあ何か他の表現で自分を目立たせたい 、 そう思って芸術は、発展を遂げいつの時代も新しくなってきたのではないか。 分かり易い例を挙げよう。 ロングスカートが主流の中で、始めにミニスカートをはいた人は、何か新しいことを始めたかったに違いない。 でも、今ではみんながミニスカートを履いている。自分が目立たなくなってしまった。 目立たない自分なんか嫌だ! 私は常に人とは違って居たい! みんなと一緒なんて嫌だ! 今度は違う人が、そう思ってミニスカートの群れの中パンタロンを履くかもしれない。 そうして流行り物は変わっていく。現在の美術は、現代美術及び、ポップアートと呼ばれ ている。 インクが画面いっぱいに飛び散っているキャンバスとか。 音楽も現代のものは、リズムのない音楽、楽譜に拍子が書いてない曲、そんなのもあるらしい。 いつも思うんだけどさ。 現代○○とかって、要は、意味が分からない作品の事なのか? |
| >> 痩せていることについて(2003.10.05) << 私は痩せている。自慢でもなんでもなく事実として痩せている。 そしてそれをちっとも嬉しく思っていない。集合写真では、いつも自分がマッチ棒に見えて仕方がない。 163センチ40キロはスレンダーでもなんでもなく、所謂、「ガリガリ」なのである。 太りたい、あと7キロは太りたい。 ここで頭に来てページを閉じようとするあなた!まぁ、落ち着いてお読みください。 ここらの世間の人々は、 『痩せてる=いいこと』 だと思っている。 果たして本当にそうなのか!? そもそも、誰が女の子は痩せてる方が良いなんて決めたのか!? 話は変わるが、日本人は、世界中でも太っていると思う基準が高すぎるらしい。 たしかに、海外に日本人が行ってみると、案外大したことなくて、むしろ鉛筆とシャー芯の比である(…言い過ぎか)。 私に言わせれば、日本人がどんなに細い子でも、「私痩せなきゃ」と言っているのは、周りがみんな言ってるから、 自分もそう言わないといけない!と思い込んでいるからじゃないか。 「もしかして、あんな細い子まで『私太い』って言ってるから、私なんかデブデブなんじゃないか」 そんなことはありません。全然ありません。安心してください(?)。 太いのがいいというわけじゃない。 でも、ダイエットしなきゃって言うのは、体重測定のときに『肥満要注意』って言われてからでいいと思う。 あと、体脂肪が標準値を大幅に越してしまったとか。とか。とか。 冷静になって考えてほしい。「太りたいなんて贅沢な悩みだよ」と言う言葉を多くもらうが、 健康な体重範囲なのに、せっかく取った栄養を削ぎ落とそうとする方が贅沢じゃないのか!? 痩せている人にも、太っている人にも同じくらいの重大な悩みがあるのだ。 私は体質的に太れない。油も糖も、吹き出物にはなるが、脂肪にはなってくれない。 簡単に減るクセに、増やすのには絶大な努力を要する。 体重が少ないから、2キロ減っただけで、もう体力まで削ぎ落とされちゃって、へろへろである。 そして! 服のサイズがない! これはどうにもこうにも…どうしようもない。 腕の長さに服を合わせると身ごろがダボダボ。身ごろに合わせると長袖が七分になってしまう。 パンツも同様。腰も尻もないので、一本買うのに町じゅうを歩き回って、 試着しまくってサイズで選ぶしかない。高かろうがなんだろうがサイズである。 ベースが細いんだから、付くべき所にも肉が付かない(泣)。付きようがない(号泣)。 小さい頃、おデブちんだった私は、デブにデブって言うのと、ガリにガリって言うのは、どちらも同じくらいよろしくないと、思うのです。 そして、お願いですから、 初対面で、一言目からいきなり「細いね」って言わないで下さい(泣)。 |
| >> いい男いい女(2003.9.28) << 神奈川総合高校での大好きな先生に、卒業のときイヤーブックに書いてもらった言葉。 「いろんな男を知っていい女になってください」 なんとまあ、教師っぽくない言葉をもらったものだろう。 ところで、いい女ってどんな女なんだろう。 性格がいい? 体がいい? 顔がいい? そんな短絡的なものでもない、とは思う。ので、ちょっと論じてみよう。 「あの人いい男ねぇ」とオバサマ方が言うとき、たいていそれは顔をさす。 もてるからいい女とは限らない。いい女だからもてるのだとは思う。 キャリアウーマンがいい女と聞くと納得するが、 主婦がいい女と聞くと「どんな女だ(汗)!」と心配になるのは、私だけだろうか。何故だろう。 日本では、主婦になったとたんに女は女で無くなってしまう気来がある。 家庭に入ると、子供のみならず旦那までもが「お母さん」と呼び、 欧米では、いつまでも奥さんは「Sweet Heart」で、「Honey」なのである。 嗚呼っ、すてき…!! …だからだろうか。日本では主婦は、いい女にはなりえないのだろうか。 論点がずれてしまった。ここで、あたしが考えるいい女の条件。 ◆自立していること…(自立しすぎているとよくない) ◆センスをわきまえていること…(値段は高くなくてもいいから、お洒落なこと) ◆目立ちすぎないこと…(我を張らない) ◆母性を持ち合わせていること…(子供嫌い、男に冷たいはだめ) ◆女らしいこと…(あまり女々しいのはダメ、でも時に弱さを見せる) ◆しゃべり過ぎない…(けど、自分の意見はもっている) ◆多少色っぽい…(けど、フェロモン出すぎは下品) ◆女にも人気があること…(男だけにもてる女はイマイチ信用できない) ◆身の程を分かっている…(身のほど知らずは論外) おいら子供だから、よく分からないけどサ。 でもきっと、また男から見たいい女の条件は違うんだろうと思う。 う〜ん…いい女になるのは難しいわね。課題山積みだな(苦笑)。 まぁ、先生言うには女は、30歳から本番らしいから。 あと12年あればなんとか。 …ならないか(汗)!? 何はともあれ(?) あたしは将来絶対旦那には、本名で呼んでもらうことを、心に決めている。 もし「お母さん」などと呼ばれようものなら、 「あんたを産んだ覚えは無い」と。 |
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>> 空の色について(2003.8.20) << 最近空の色が好もしくない。暗いのか明るいのかはっきりしないし、 曇りなのか晴れなのかはっきりしない。 いや、曇りなんだけど明るいから曇りらしくない。 はっきりしてくれ。 朝焼けは「ピンク色」。夕焼けは「オレンジ色」。 何で色が違うんだろう。 同じ青空でも、スペインの青空は「青い」のだそうだ。 日本(本州)では、どう呼び方を探してみても「水色」止まりだ。 空は青より薄い青、だから空色と言う言葉があるんだろう。 アメリカに住んでいたときには、カリフォルニアとアリゾナの空の色が違って見えた。 きっとフロリダの空の色も違うんだろう。 空気中には目に見えない水蒸気やちりなどが浮かんでいる。 太陽の光が厚い大気の層を通り抜けるとき, これらの小さい粒に波長の短い青色の光が当たると散らされ(散乱という)、青く見える。 晴天の日の空が青いのはそのためだそうだ。 一方,波長の長い赤やだいだい色の光は散乱されにくく,空気中を通る光の距離が長いとき,すなわち太陽が西へ傾いたとき,空は一面に赤くなって夕焼けとなる。 青空が綺麗なのも、夕焼け空が綺麗なのも、大気中に塵が浮いているからなのだ。 太古の昔、今ほど人間が繁殖していなくて、塵も少なかったであろう頃には、夕日は何色だったんだろう。 青空は今とどんな違う顔を見せただろう。 今日、緑色と灰色に光る雲に覆われた、白い空を見ながらそんなことを考えていた。 空の色はもしかしたら、自分の目にだけあの色なのではないか |
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>> 温泉宿には、ホテルじゃなくて旅館派(2003.8.14) << 先日温泉に行って来たのだ!湯河原で泊まった宿では、近くに川が流れていて、 せせらぎの音がずっと聞こえていて、すごくいい感じ。 日本人でよかった!みたいな。 この演出に欠かせなかったのが、やっぱり「旅館」。露天風呂のついた「旅館」。 最近では、和風の感じのホテルもあるけど、 「ホテル」じゃなくて、やっぱり「旅館」ってところがポイントなわけ。名前って結構重要。 ベッドではダメなのね。温泉宿と言えば、「お座敷」に「お布団」が基本なの。 そして、涌き捨てのお風呂。循環式はダメ。露天があればなお結構。 駅の近くにあるのはたいていホテルだったけど、多少遠くても、やっぱ旅館ですよね。 小さい宿ほど奥さん(女将さんらしくない)と旦那さんが気さく。お土産を買って戻ってくると 「お帰りなさい」と迎えてくれて、お土産屋さんの割引券くれたり。 ホテルには無い特典もいっぱい。 しかし一方、旅館は、当たり外れが激しく、 隣の部屋の音が聞こえたり、布団がしみだらけだったり…(汗)。 今回行ったところはそんなにはずれではなかったけど、 それもすべてネットサーフィンの苦労の賜物。かなり面倒だけど。 でも!穴場発見のコツはやっぱり! 旅館探しは旅行会社じゃなくて自力で探すべし! <安い旅館の探し方> ネットで探しまくって、電話をかけまくる。 格安旅行パンフレットのは、実は余分な特典がついていたりして割高。 素泊まりで、旅館の周りの食べ所みたいな所を、散歩がてら探すのも楽しいものです(その方が安いしね)。 ネットでは載ってなくても、電話すると素泊まり料金があったりするからとにかく電話しまくる。 こうして安い旅行は実現する。ごま流。 |
| >> 「これは作業です」という態度の店員は嫌いだ(2003.8.9) << 最近「ぇらっしゃぁせぇ(-o-)ムスッ」と言う感じの店員が多い。 そりゃあ、かなりの確立で。 大船のあるファーストフード店では、「水を下さい」と言ったら、「は?」と聞き返された。 無論、「は?どういった意味でしょうお客様?」(敬意)ではない。 「は?何言ってんだてめぇ」の「は?」である。 人付き合いが苦手、嫌いな人は、もっと他にバイトがあるんだろうに、 何故わざわざレジカウンターなんて… わざわざそんなストレスの溜まる仕事しないでもよかろう。 むしろ、こうなるとなんだか可哀相になってくる。 向かない仕事までしてお金を稼がなくては成らない何か理由が個々にあるのだろう。 そりゃもう、涙抜きには語れない何かが!あるに!違いない!! でもやっぱり態度の悪い店員は頭に来る。 人間と付き合う仕事を選んだなら選んだ責任を負っていただきたいものだ。 そして一言。 やならやめちまえ!!こんちくしょー(弱気)! |
| >> 横浜線について思うこと(2003.8.8)
<< 横浜線はとりあえず、次の駅までの距離が短すぎると思う。 あんなにいっぱい停まるんなら、快速だけじゃなくて、特別快速も作るべきじゃないか。 (東急東横線の急行が、各停と違わない程停まるのと同様に。) しかも、横浜線のほとんどは、八王子から横浜駅まで行かずに、 手前の東神奈川で停まってしまうのだ。横浜駅まで東神奈川から一駅なのに。 図式すると、 <横浜線>八王子←―――橋本―――町田―――(略)――東神奈川 <京浜東北線> 東神奈川←横浜―桜木町… つまり、横浜線に乗りたい人は、 わざわざ横浜駅から京浜東北線で一駅・東神奈川まで乗って乗り換える。 なんて無駄な作業なんだろう。そして一言物申したい。 おまえは何を以って横浜線と名乗っているのか。 |